思えば後悔はひとつくらいしかないな。 「最後のひとつ」って言葉に弱いんですよね。後悔したくない思考が高速回転します。

この世のものとは思えないほど、美しいひとだった

思えば後悔はひとつくらいしかないな

人生の岐路に立ったとき、いつも選択を誤ります。 そのときは最適と思っても、後になってからやっぱりあーすれば良かった、こーすれば違ったのにって後悔します。 結婚も、後から後悔して離婚しました。 手術も…子宮筋腫で開腹しましたが、他の病院で腹腔鏡で手術していれば今もっと身体が楽なのに…傷も大きくないのに…つっぱらないのに…って一年経ってもうじうじ考えていたり… そのときは最善だと思うのです。 でも、物事が終わってからやっぱり失敗だったと気がつくのです。 でも、失敗したときって、本当に最善を尽くしてないことが多いのです。 迷って迷って妥協して諦めて不安なまま選択したことはやっぱり後から後悔します。 これからの人生、また失敗してしまいそうで不安しかないです。 何か大事なことを決めるとき…失敗しないためには…後悔しないためにはどうしたらいいのか教えていただけますでしょうか。 そして、過ぎてしまったことをいつまでもうじうじ考えてしまうことを直したいのです。 アドバイスよろしくお願い致します。 ユーザーID: 0898467604 経験を学びにするという事を本気で意識して生きること。 無知は後悔を呼びます。 無知を減らすには経験しかない。 更に経験値をあげる事が適切な判断力を得ることに繋がり、後悔は減っていきます。 ただ生きているだけ(ちょっと言い方がきついですが)だと、一生そんな状態でしょう。 何か新しいことをする時は、まず立ち止まって考えますよね。 不安なままでも妥協するしかないと決めたらあとは腹を括らなきゃ駄目です。 結果も含めて責任は負う覚悟を持つ。 それができないのも経験値が浅いからです。 本当にこれでいいのか?うん、どう転んでもこれでいい、という感じで自分の考えというものを持つ習慣をつけましょう。 あなたの人生なんですよ。 たぶんあなたにはそれが足りないんじゃないのかな。 他力本願的というか。 仮にそれで「やっぱり違ったなあ」という結果になっても、あの時あれだけ考えて決めたんだからしょうがないや、って切り替えないと。 その積み重ねで人間、成長するんだと思います。 日常のほんの小さなことからでもいいですから、自分で考え自分で決める、そしてそれに自信をもつ、そんなトレーニングから始めてみては。 ユーザーID: 5069824643• 自信の無さから・・ 結局自分を信じられないでいるからです。 決断した結果例えそれが失敗(自分を信じていれば失敗とは思わない)だったとしても、それ自体が自分に課せられた試練だと思えるなら何も後悔なんてしません。 人生経験値も上がるし糧になるからです。 そして成長するのだと思っていますよ。 貴女の様なネガなら後悔や不満が積み重ねるのみだから辛い生き方を自分で選んでいることになります。 大変では無いですか。 人生割り切りも必要、受け入れれば楽な生き方になります。 過去を変えられないしぐだぐだいつまでも後悔していたところで自分で心を暗くして壊して、やがて体調も崩すのです。 そしてストレスを自ら抱える生き方になって来ます。 それは今を懸命に生きる事とは違う事にもなるので、生き辛いでしょうね。 もし、本当に失敗と思うならそれを反省して学習しさえすれば良い事です。 自分で選んだ道を常に失敗だったと思えば楽しくも無い筈です。 笑顔の無い生き方すれば不幸のみ数える生活になり同じ様なことが喜んで寄って来るからより暗い毎日になります。 終わった事にはスパッと忘れて明るく前向きに姿勢を正せば良いのです。 いくらポジティブ人間でも同じよう平等に苦難は来るのです、でも乗り切り方が早いのです、何日も暗いどん底を這えずり回らないからです。 自分の心身の為にも切り替えて顔を上げて前を向けば、良い方へと流れます。 だからみんなポジティブに生きることを目指して頑張るのではないですか。 ユーザーID: 6723849808• 失敗のなん十倍も成功している 何についても、勉強したり情報を集めたり、経験談や失敗談を聞いたりすれば良いと思います。 例えば私は結婚前、伴侶の選び方について書かれている小冊子を図書館で借りて勉強し、その項目全てに合格した人を選びました。 そりゃ理想通りにはいかないでしょうが、少なくともとことん調べ、冷静に判断して決断した結果である事から、大きくずれた人ではなかったので、後悔はしませんでした。 勿論喧嘩もしましたけど、あとは微調整という感じで、互いの不満箇所をそれぞれ治して、互いの理想に近づけました。 主さんも、とことん調べてから行動すればよいと思います。 その結果については、クヨクヨ考えるのは時間の無駄です。 それが最善だったと自分に言い聞かせて、(もう諦めて)不満を解消する方法を捜す方が賢明だと思います。 私は帝王切開のあと、手術跡がかゆいし痛いし大変でしたけど、子育てが大変だったので、そんな事を考えている余裕が有りませんでした。 多分主さんは暇なんでしょうね。 もっと忙しくなるように自分を追い込めば、そんな些細なことは、忘れてしまうと思いますよ。 ユーザーID: 3468972267• 心や体の悩みランキング• うーん 最善の選択をしてると思いますよ。 結婚してなければ「結婚しておけばよかった」って思ったでしょう。 腹腔鏡手術をしていたらもしかしたら何かあったかもしれませんよ。 選択してきたこと以外は「たられば」ですから、まあ、都合の良いように考えてしまいますよね。 わかっていると思いますが、無意味なことですよね。 だって開腹手術してしまったんだから今更腹腔鏡手術はできませんから。 でも、開腹手術で筋腫は摘出できたんだからそれでよかったじゃないですか。 私も開腹手術で筋腫摘出しました。 術後に洗髪して髪をよく乾かさずに風邪をひいてしまって辛い思いをしたので、その後からは髪をちゃんと乾かすようにしています。 風邪をひいてしまった事実は消せないので、今後風邪をひかないために何をするかを考えればいいと思います。 それをいつまでも「なんであの時風邪をひいてしまったんだろう・・・なんで髪をちゃんと乾かさなかったんだろう」って考えても仕方ないでしょ。 考え方をシフトするんですよ。 と、他人には言うのは簡単で、私も考えても無駄なことをクヨクヨ考えたりしますよ。 結構そういう人多いと思います。 ユーザーID: 7107334248• ボトムライン お幾つの方か知りませんが、そんなことを言っていたら、生きていけないですよ。 少なくとも楽しくは。 無事に生きていられるだけで、有難いというのがボトムラインでは無いでしょうか? 私はもう五十代後半ですが、人生の失敗なんて数限りなくあります。 こんなバカでも生き延びさせて貰って有難いというのが本音です。 何歳になっても、子供じみた間違いを犯すことが良くあります。 そのときは、深く後悔しますが、結局、まだ、生きさせて貰っているじゃないか、次はもうちょっと良くやろう、と思えば、良いんじゃないでしょうか? ただ、自分だけ上手く行こうとか、もっと得をしようと執着し出したときから、人生、楽しくなくなるような気がします。 もちろん、精一杯、努力した上での話ですが。 ユーザーID: 5534795428• 最善はない 主さんにあうかどうかはわかりませんが 私の場合 何をどれを選択しても 何かしら後悔や失敗は【必ず】セットでやってくると考えておいてます なかったらラッキーくらいで たぶん後悔していないことも多いと思うのですが それらは意識にあがらないだけで そのまま流れていって 過ごしていると思われますよ 腹腔鏡も事故はありますし 本当にそれでよかったかはわかりません もうこういう性格なので 後悔している自分をどうにかしたい また後悔ばっかりしている・・・とそこを考えすぎず 横においておいて 共にその自分と つきあっていきていくとするのも必要かもしれません ユーザーID: 1873314567• 自分の評価が高すぎるんでしょう それとやった結果、やらなきゃ良かったとかもっと他の方法がとか 終わった事は元に戻れないのだから考えても仕方ない。 考えるのならやった結果の方が良かったと思う事ですね。 結婚だって…ずっと独身の人から見たらバツイチはうらやましいだろうし、子宮の手術だって取れた事に感謝しないと あー感謝しない人って人生に恵まれませんよ。 トピさんは感謝しない人だから後悔ばかりじゃない? 私は悪い事は今までの自分を破る為に起きてるなぁと思います。 今までの自分と変わらないから変わる為に何かが起きる。 それを受け入れて自分が変わる。 がんばろう!って 変えられない自分を変える為に悪い事は起きています。 そして頑張って気が付くと良い事が起きている場合が多いです。 良い事も自分では出来なかった結果というかあきらめていた事が可能になったとか ともかく感謝しましょう。 そこから窓が開きます。 ユーザーID: 5559782621• 苦労性だね。 沢山のレスをありがとうございます。 皆さまのご意見やアドバイスを一つ一つ噛み締めながら読ませて頂きました。 過ぎたことをクヨクヨしても過去には戻れないこと…色々調べて考えて悩んで決めたことはそのときの最善であったのだから、いまタラレバ言うのは無駄な作業であること…この経験をこれからの自分のさまざまな決断に活かしていくこと…そして、今まで自分が選択したことの全てが失敗だったと考える必要はないこと…など…沢山のことを教えて頂きました。 また、後ろを向いてうだうだ考えて始めたら、レスを読み返して、前を向くようにしていきたいと思います。 本当に、ありがとうございました。 ユーザーID: 0898467604• ポジティブな人と付き合う.

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「最後のひとつ」って言葉に弱いんですよね。後悔したくない思考が高速回転します。

思えば後悔はひとつくらいしかないな

私は薄情な娘なんでしょうか? 私は片親で双子の兄と母と暮らしています。 活発な兄や母と内向的な私 スポーツ好きな兄や母とスポーツが苦手な私 生活、趣味、食べ物の好み、ものの考え方など様々な事が家族の中で私だけズレているんです。 そのせいか母と何を話せばいいのか分からず、兄と仲良さげに話している中に加わろうとしては話についていけず、黙ってろなどと言われたりしました。 母にはあまり褒めてもらった記憶がありません。 先日、童話を書くコンテストで賞をいただき、母に告げると「お金は貰えないなら意味無いでしょ?」と言われて唖然としてしまいました。 母はヒステリックな性格で、何が地雷になって怒り出すか分からず怒り出すと産まなければ良かった、死んでしまえ等と言われてきました。 祖母には人に好かれるのならまず、自分から歩み寄れ、や母親を苦手としてどうするなど言われましたがどうしても苦手意識が拭えず、母親に情というものが抱けません。 そして母がガンになりました。 進行が進んでいるらしくあまり詳しく話してはもらってないですが長くないそうです。 それを聞いた時親を失う悲しみや絶望など感じず、まず先に喜びが湧いてしまいました。 母にもそれが分かってしまっているのでしょう、薬などで苦しんでいる時に背中を摩っても「心配している振りは辞めろ」と怒鳴られます。 私は最低な娘なのでしょうか? これから先、母とどう接していけばいいでしょうか? 涼穏さま はじめまして、hasunohaの井上広法と申します。 お母様とはウマが合わないというか性格に不一致があるのですね。 同じ親子といえども、そういうことはよくありますよ。 でも、親だからこそと思うと、冷たくはできませんから、そのため二重に苦しんでしまいますね。 お母様がガンを患ってしまったことは大変なことだと思います。 しかしそうはいっても、優しくすると叱責されるのではたまったもんじゃありませんね。 そういうときは、優しくほっときましょう。 お母さんといっても生身の人間です。 決して完璧ではありません。 過度な期待をしてしまうと、自分が辛くなってしまいます。 それより、プロフィールで拝見しましたが、料理人になって自分の道を進むべきだと思います。 家族によって足を止められてしまう方をたくさん見てきました。 どなたも涼穏さんのように優しい方々でした。 あなたは、悩みや相談ごとがあるとき、誰に話しますか? 友だち、同僚、先生、両親、インターネットの掲示板など相談する人や場所はたくさんあると思います。 そのひとつに、「お坊さん」を考えたことがなかったのであれば、ぜひ一度相談してみてください。 なぜなら、仏教は1,500年もの間、私たちの生活に溶け込んで受け継がれてきたものであり、僧侶であるお坊さんがその教えを伝えてきたからです。 心や体の悩み、恋愛や子育てについて、お金や出世とは、助け合う意味など、人生において誰もが考えることがらについて、いろんなお坊さんからの癒しや救いの言葉、たまに喝をいれるような回答を参考に、あなたの生き方をあなた自身で探してみてはいかがでしょうか。

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フィリピン移住で失敗した!と後悔をした5つの事。実際にフィリピンに移住した話

思えば後悔はひとつくらいしかないな

後悔していることというのは、人にはひとつやふたつくらいあるものだろうから、きっととても大切なことなんだろうということくらい伝わるだろう。 今日ひとつ、ずっと後悔していることが、消えた。 自分にとって、稼ぐこととか、名声を得ることとか、キャリアアップをすることとか、なんやかんや、いろいろあるものなど本当に大したことはなく。 僕にとっては、大事にしたい人たちとの関係性が大事なんだということを、僕はちゃんと知っている。 それをぶっ壊してしまったことほど僕にとって、自分を後悔させる思い出はない。 それがひとつ、消える日が来てくれた。 ある関わりから、一切孤立したような思いで8年間を過ごした。 自分自身がきっと悪かったのだと思っても、痛みを伴う悲しみに暮れて、真正面から受け止めることはもちろんできずに、それぞれの言葉に傷つくだけ傷ついて、勝手に怒って、勝手に拗ねて、勝手に塞いで、勝手に孤立した。 そんな関わりが8年ものあいだに、変わらずずっとあった。 泡盛の銘柄をみるたび、全国各地のとある場所でふと足を止めるたび、玩具を手に取るたび、学生時代に過ごした場所を通るたび、喉元をグッと締めるような気持ちになっては、ひとり飲み込むような思いをしていた。 どうしてうまくやれなかったんだろうな。 あのときもしもこうしていたら、と思うこともなくなって。 いまどうしているかな。 いまさらないかな。 そしていつかとある日になったら許されることもあるのかと。 いつかそんな日が来るものなのかなと。 そんな風に思って過ごしていたことがあった。 8年もの時間を経たが、きっとなにげなく話し始めることができた。 最初はぎこちなく話したが、いつもどおりキレのある言葉を吐くやつだ。 「結局おまえなにしてんねん」 ここ数年の仕事をお互いに話して、いま何を大事にしているのかってことを聞いて、結局はなにも根幹にあるものが変わってないのだということだけをたしかめて、少しずつ8年の溝の大きなものを埋めようとした。 だいじな話もして。 とても素直に孤独であったなあという気持ちと、怒りをもった未熟と拗ねていた幼さに対する反省のような後悔のような感情と、いまこうして話せていること自体をとてもありがたく思っていることと。 「時間が解決してくれるってことがあるんやなぁ」 「いや、時間しか解決してくれないものがあるってことを知ったわ」 相手はどう思っていたのだろうかということ。 自分の立場は関わりからひとり遠ざかって孤立したような立場であったからこそ、孤立した側ほど気持ちは寂しく、悲しい気持ちは大きく、振り返って感じる痛みも大きいものか、ということをたしかめることができた。 正直なところで。 当然ながら、自分の立場が一番繊細に感じてしまうであろうこと。 それぞれの暮らしが主役として忙しい中で、イチ脇役の自分のことをそこまで考えて生きることはないし、たまに思い返せば苛立つ思い出のひとつとして思い出すことはあっても、まだ良い思い出にならない可能性だってあることも。 ただ、そんな気持ちをわかることはないが、わかることがない立場で8年を過ごしてきたのだろうと思いを馳せてくれることに至ってくれたことによって、本当にいろいろな思いが救われた気がした。 そんなやつだったよなと。 「いくら共感しても、きっとお前の本当に感じた気持ちはわからんし、お前にしかたぶんずっとわからんものや。 ただ俺はそうであることだけはわかったし、それはそうやろうと思う。 」 でも結局はいましかなかったんだろうなとも思う。 「今やったんやろうな。 俺から連絡したら、もっとおまえの立場がなかったろうし、それはせんかったやろうし。 お前からしか選択肢は無かったな。 」 そして大切な関わりのうち、ひとつ大事な関わりが結ばれ直し、そこから先はどうなるかはわからない。 けれども少なくともそれをどうもせずに、死んでいくことはできないと思った気持ちは間違っていなかったし、よかった。 そして、なくしたものが一生の失くしものになることなく、わずかながら、還ってきたようなことも、8年という取り返したくなるような長い時間を経てしまったからこそ失いたくないものだなと思っている今の気持ちも、宝物でしかないなと今は思う。 ギリギリなくさないなんて、恵まれているんだ。 「8年長かった。 けど、8年もかかってないなら、こんな刻まれることはないし、8年経たないと思えなかったことがある。 宝物でしかないと思う。 」 失くしてしまうことはあるが、こうしてまたやり直せるかもしれないとしたら、今度は本当に大切にしなきゃなあなんて思う。 それができることもあれば、もう相手がいなくなってしまって、できなくなってしまうこともある。 そう思えば、なんて恵まれているのだろうと思う。 今日はとりあえず、なにげない水曜日だったが、とても大切な日になった。 「今日は人生の大事な記念日になったわ」 「そうや、そういう日はあるもんやな」.

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