仕事 に 行 こう と すると 涙。 ある部分では「7つの習慣」を超えた!? ・・・ 川本裕子の時間管理革命 世界で一番大切な「自分コスト」の使い方:時間管理術研究所 □□ 仕事と生き方、幸せの研究所 □□

エクセルに詳しい方助けてください!!涙 初めまして。仕事でエクセル

仕事 に 行 こう と すると 涙

(塩沼) 小僧生活をさせていただいて4年目、23歳の時に大峯千日回峰行という修行に入ることを許されました。 毎年5月3日から9月の初旬まで、毎日48キロの山道を16時間かけて歩きます。 そして年間120数日を目途に、9年がかりで1000日を歩くのです。 この行には絶対に途中でやめることができないという千数百年前からの厳しい掟があります。 万が一、途中で「これ以上前に進めない」と判断した時には、常に携えている短刀で腹を切って行を終えなければなりません。 毎日同じ道を上ったり下ったりする間には雨の日も雪の日もあります。 猛烈な台風が来た時も崖崩れに遭った時もある。 熊、猪、蝮、いろんなものがいつ襲ってくるかも分かりません。 それでもただ前を向き、一条の光を求めて手探りの状態で行を進めてまいります。 黙々と山を歩きながら、ふと浮かんだ言葉を山の中で書き留め、宿坊に帰ってきてから墨字で毎日日誌に書き綴りました。 「17日目、行者なんて次の一歩がわからないんだ。 行くか行かないかじゃない。 行くだけなんだ。 理屈なんか通りゃしない。 もし、行かなけりゃあ短刀で腹を切るしかない。 そう、次の一歩がわからないんだ。 妥協しようと思ったらいくらでも出来るかもしれない。 しかし、なにくそ、これしきと思う。 その勇気は大変です。 苦しみ、悩み、涙と汗を流せば流すほど、心が成長します。 たとえ雨でも、雲の上は晴れている。 心まで曇らせることなく歩いて行かなければ。 」 毎日夜中の11時半に起床すると、すぐに滝に入って身を清め、宿坊から階段で500段ほど上ったところにある参籠所で身支度を整えます。 左手に提灯、右手に杖を持ち、編笠を被り、熊よけの鈴を鳴らしながら、12時半にたった1人で1719メートル先の山頂に向かって歩いて行きます。 山の中でいつも思い浮かぶのは故郷の母や祖母のことです。 「仙台にいる母ちゃんやばあちゃんは何をしてるだろうな」 返事、挨拶、礼儀、好き嫌いをなくすことなど、人として大切なことを教えてくれた母と祖母。 本当に厳しく育てられました。 おかげで嫌なことがあっても感情を顔に出さなくなりました。 約束を守って嘘をついてはいけないという教えが大きな信用に繋がりました。 そんな母ちゃんとばあちゃんを思い、日誌にこう書きました。 「母ちゃん、ばあちゃん、この世では俺ぐらいの子を持つ親は、もう孫もいるよね。 朝早く起きて無事を祈ってくれたり苦労をかけたりすまないね。 でも神さん、仏さんのために頑張ろうね。 いつの日からこの道を歩み始めたのだろうか、母ちゃん、誰に聞いてもわからない。 なぜなのかわからないけれども、今母ちゃんとばあちゃんと俺、何なんだろう。 でも仏さんも羨むだろうと思うよ、この絆は。 一緒に暮らしたい、みんなのように親孝行をしたい、でも今はできないんだ。 ばあちゃん、母ちゃん、いつかきっと早くその日がくるように。 」 大自然の中での過酷な修行 (塩沼) 行に入り1か月もすると、タンパク質、カルシウム不足から爪がぽろぽろと剥がれていきます。 7月の後半までは来る日も来る日も雨。 毎日午前零時半に出発して、参籠所に帰ってくるのが夕方の3時半、そこから掃除、洗濯、次の日の用意。 すべて自分でやらなければなりません。 「自分のことは自分で」というのが修験道の掟なのです。 何回かに分けて洗濯をし、お風呂に入り、ご飯を食べ、また階段で500段ほど谷底の宿坊に下りますと、もう夕方の6時になっています。 そこから部屋の掃除をし、日誌をつけ、体を横たえると夜の7時。 11時半まで4時間半ほどの睡眠で、また次の日の行が始まります。 前の日の疲れなんか取れるわけがありません。 毎年90日目を過ぎると梅雨明けです。 梅雨明けと同時に血尿が続きます。 しかし人間の体とは不思議なもので、一週間ほどすると自然と治まります。 代わりに体が変化します。 暑いのか寒いのかも分からなくなります。 ほとんど水を飲まなくても、ご飯を食べなくても、自分の体を山に持っていって下ろしてくることができるようになります。 ただ走ろうと思っても馬力が出ないので走れません。 そこで体力をいかに持たせるかを計算して、90%行が進んだ時にまだ50の体力を残しておき、残りの1割でその50%を使い切って尻上がりによい結果が出るようにしようと考えました。 これを毎年毎年繰り返していこうというイメージで行じておりました。 しかし師匠は言いました。 「大きな修行というものは、必ず3回は生きるか死ぬかの瀬戸際すれすれのところをすり抜けなければならないぞ」と。 その言葉どおりでした。 1度目は大きな落石が目の前をかすめて行きました。 もう数十センチ自分の体が前に出ていたら、いまの私はないと思います。 2度目は大きな熊が後ろから突然襲ってきたことでした。 「ウォー」というものすごい声がしたので振り向くと15メートルくらい後ろに熊がいて、牙を剥いて向かってきました。 熊というのは非常に動きが速くて大きな冷蔵庫が飛んでくるような感じでした。 瞬時に逃げようと思いましたが、このまま逃げたとしても数秒で追いつかれて襲われるなと考えました。 どうやったら逃れられるか。 熊を脅かすしかない。 躊躇している暇はありません。 私は後ろを振り向いて熊に向かっていき、杖を投げつけました。 それに熊がびっくりし逃げていってくれたので難を逃れました。 一に勤行、二に掃除、三に追従、四に阿呆 (塩沼) 生きるか死ぬかの瀬戸際を体験すると、少し人生観が変わると言われます。 その後に書き綴った日誌も少し変化が出てきました。 「563日、人はみな平等であると思います。 この地球に生まれ、空気も、水も、光も、平等に与えられていることを感謝しなければならないと思います。 夜空の星の数は、人間が一生かかっても数え切れないほどあると言います。 それを考えたならば、もっと心豊かに生きなければならないと思いました。 自分の胸に手をやれば心臓が動いています。 しかし、永遠に動いていることがないと思えば、人生という与えられし一生を大切に生きられるはずです。 自分を大切にするように、相手を尊重するということも忘れてはいけないと思います。 思いやりの心が私たちに幸せをもたらす道です。 朝起きる、歩く、食べる、寝る。 人間生活の原点に返り、たった1人の山にいると、こんなことを考えてしまいます。 」 お坊さんになったばかりの頃、お師匠さんが言われました。 「自分を大切にしてほしかったら、まず目の前の相手を尊重しなさい。 相手を尊重することによって自分が尊重されるんだ。 求めるより与える。 これを実践していかなければならない。 そのためには4つやることがある」 その4つとは「一に勤行、二に掃除、三に追従、四に阿呆」です。 これは皆さんの生活にも当てはまることではないでしょうか。 お坊さんの修行と皆さんの修行、人生の修行と考えてみれば通ずるものがあるように思います。 まず勤行。 お坊さんは毎日勤行をしますが、誰にでも毎日やらなければならないことがあるでしょう。 そして身の回りの整理整頓。 自分を管理できなければいい仕事はできません。 3つ目の追従とは相手の喜ぶことをしなさい。 喜ぶことを言いなさいということ。 相手に不快な思いをさせない、自分の苦しみの矛先を向けないということも大事です。 ここまでは分かるのですが、最後の阿呆が難しい。 お師匠さんも 「人間は相手から嫌なことを言われるかもしれない。 嫌な仕事を与えられるかもしれない。 けれども、すべてのことに捉われてはいけない。 すべて忘れ切り、捨て切り、許し切り、阿呆になり切る。 これがなかなかなれんのや」と言われました。 修行をしている時、足もとに咲いている花に癒やされました。 誰に見られるとも意識しないで咲いている。 隣にどんな綺麗な花が咲いていようとも嫉まない。 ちゃんと根っこを張って努力をしながら、綺麗な笑顔を天に向かって咲かせている。 誰にアピールするわけでもなく、ただなすべきことを自然になしています。 自分自身は周りの人に対してこの花のようであっただろうか。 そう思った時、そうではない自分がいました。 しかし、心のわだかまりを妥協という形で収めてみても解決にはなりません。 心の奥底から解決しないと何も意味はありません。 どんなものも受け止められる大きな心の器があるかないかです。 9年が経ち、1000日を目前にした時、だんだん角が取れて本当の自分に近くなってきました。 999日の日誌に、私はこんなことを書きました。 「今の心が今までで一番いいなぁ。 この心がずっと変わらないといいなぁ。 体が言うことをきくなら、ずっと歩いていたい。 もしこの体に限界がないなら、今の心のまま永遠に行が続いてほしい。 人生生涯小僧でありたい。 」 明くる日、1000日目のことはよく覚えていません。 いつもと同じようにお山に行って、いつものように帰ってきました。 大勢の人が私の帰りを見守って「よく頑張ったね」と拍手で迎えてくれましたけれども、それは9年のうちのたった1日、4万8000キロ歩いた中の数十メートルにすぎません。 あとは神、み仏、大自然と自分が紡いできた絆が残っているだけです。 その晩に思ったのは「行というのは本当に奥が深い」ということでした。 9年間を振り返ってみれば涙しか出ませんでしたけれども、涙を流せば流すほど、大自然、宇宙、神、み仏の優しさを感じました。 同時に、自分の至らなさを痛感するばかりでした。 (本記事は月刊2018年4月号「本気 本腰 本物」から一部抜粋・編集したものです。 各界一流の方々のご体験談や珠玉の名言を多数紹介。 あなたの人生、経営・仕事の糧になる教え、ヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読は) 塩沼亮潤(しおぬま・りょうじゅん) 昭和43年仙台市生まれ。 63年吉野山金峯山寺で出家得度。 平成3年大峯百日回峰行入行。 11年千日回峰行満行。 12年四無行満行。 18年八千枚大護摩供満行。 現在、仙台市秋保・慈眼寺住職。 大峯千日回峰行大行満大阿闍梨。 著書に『人生生涯小僧のこころ』『人生の歩き方』『毎日が小さな修行』(いずれも弊社刊)ほか。

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からだとこころと五行五気

仕事 に 行 こう と すると 涙

川本 裕子 著 先月末に出た新刊です。 「時間管理革命」というタイトルに期待した人は 読むとちょっとがっかりするかもしれません・・・。 各章についての私の感想を書きますね。 第1章は時間管理とは直接は関係なく、問題解決手法について 述べられています。 著者は、マッキンゼーに勤めていた経歴を持つ方なので、 コンサルタント的な切り口からスタートしているのでしょうか。 この章では、問題解決の手法について述べられています。 ロジカルシンキング的なことが書かれています。 時間管理にも、問題解決手法が必要だと言いたいのかな・・ と思いますが、時間管理との関連についてほとんど説明が無く、 この章だけが浮いている感があります。 (なんでこういう順番にしたのか、ちょっと不思議な感じです。 ) 第2章は時間管理をコスト管理的な視点から考察しています。 この章では、最初の節のタイトルにある、 『時間は「積み上げ式」より「総量管理」』(40ページ) ということを初めとして、コスト管理の手法を時間管理に使う 考え方について述べられています。 時間管理術の中で大きなテーマの1つと私が考えている、 優先順位のつけ方 については、 『 時間とインパクトの関数』(51ページ) というものを提唱されています。 その仕事にかかる時間の長さと、 その仕事ができたときの効果 の2つを軸にしたマトリックスで考えるというものです。 実は、この考え方は 「7つの習慣」にも書かれていないものです。 (例によって余談です。 ) 時間管理ではすごくメジャーな本である、 「7つの習慣」では、 優先順位のつけ方は、 重要度と緊急度 の2つの軸で考えることが提唱されています。 しかし、私が実際に仕事をしている中では、重要度/緊急度 だけでは計れないものがあると感じることがありました。 どういう場合かと言うと・・・ ・自分にとって、緊急度も重要度もたいして高くない。 ・でも、時間をほとんどかけないで、アウトプットが出たり、 周りの人の仕事が効率化したりする。 という仕事です。 これを一言で言うと、 時間の「投資収益率」になります。 重要度/緊急度 マトリックスには、この観点が抜けてると 思います。 また、私は、 ・重要度がそこそこ高い。 ・しかし、多くの時間が必要で、 アウトプットが出る見込みが薄い。 こんな仕事は涙を飲んで切るべきだ、とも考えています。 これも重要度/緊急度の観点からは出てこない考えですが、 時間の投資収益率という見方をすれば、当然のように 得られる結論なのです。 「塩漬け」状態の仕事は「損切り」するということです。 (人を紹介してあげたり、話をつけてあげたりとかです)。 この場合、自分自身の仕事には、何のプラスにも ならないかもしれません。 しかし、組織全体で見ると、10の労力が必要だったところが、 1の労力で済ますことができたりと、大きなプラスです。 私はこういう仕事はやるべきだと考えています。 自分の優先事項を押しのけてまでやる、とは言いませんが・・。 (余談終り) そんなふうに、私は 「7つの習慣」 的優先順位には物足りない ものを感じています。 (「7つの習慣」自体は良い本ですよ。 ) ですから、この本で時間対効果に着目していることには、 とても共感を感じます。 ただ、 「時間とインパクトの関数」というネーミングは とっつきにくいのではないでしょうか。 私は、 「時間の投資収益率」という言い方を 提唱したいと思います。 第3章は、スケジュールの書き方、To Doリストの使い方についての章です。 具体的なことよりも、どう考えるか、が主体です。 第4章は、仕事と休暇のメリハリのつけ方や、他人の時間に気配りすること などが書かれています。 ビジネスの世界を知る二児の母の視点から述べられていて、 私は新鮮なものを感じました。 特に気に入った部分を引用します。 (引用) 『小難しいビジネス書を数冊読むより、 一時間授業参観に参加したほうが よほど学ぶことがあるように思います。 』(118ページ14行目より) (引用終り) 実際そうかもしれないな・・・と感じました。 (私は子供はいませんが) この本は、時間管理については、考え方が主体で、 具体的なやり方についてはあまり書かれていません。 ですが、著者独自の観点から書いてある部分が多く、 今までに、他の時間管理の本を読んだことがある方にも ヒントになる部分があると思います。 時間をかけずに読める本ですので、 一度読んでみてはいかがでしょうか。 本の評価 (上の本の写真をクリックすると、amazonのレビューも読めます。

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仕事 に 行 こう と すると 涙

京都祇園、新門荘さんのブログより。 「私は旅館という仕事はとてもうらやましい仕事だと思う」と。 氏は仏教に造詣も深く、「布施」について説明されていました。 布施とは「行」であり、布施をした人に幸せがくるという考えが仏教にある。 旅館業は、「無財の七施」というものを網羅している。 (7つの詳細は下記) それら「行」を全て行える仕事だ、旅館というものは。 ところで、よく、知人やお客様から 「好きでないと(旅館業は)続かないわよね」と言われることがありますが、 私はこの仕事が好きだから続けているんだと強く認識したことはありません。 今思えば必然とも思える様々な偶然が重なり現在の私があるわけで 正直、自由にさせてくれるなら今すぐにでも専業主婦になりたいくらいです。 話し戻り、五木氏は仰いました。 「好きでこの仕事をする」というのは一見強そうだが嫌になることもある、続かないのだ。 好きだから…楽しいから…面白いから…は自分本位だから続かない。 mission(使命感)を持って、天職・天命だと思って仕事をする。 「行」とはやらなきゃいけない。 自分が何かを捧げることです、と。 仕事をしていて辛いなぁ、と思ったときは どうぞこの事を思い出してください…と、氏は締めくくりました。 「人間はそれぞれの場所で、それぞれの行を与えられている。 布施を返していくことで行を積む。 積むことで人間は成長するのだ」 そうです、旅館という仕事は家業とはいえ ここで働くことが私に与えられた有難い「行」なのです。 旅館に限らず、人間には大なり小なり与えられた役割というものがあり、 生を賜った以上はそれらを全うしなくちゃならない。 そう思います。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「無財の七施」とは。 温かい心は自らの目を通して相手に伝わる。 身体で示すこと。 自ら進んで他のために尽くす気持ちが大切。 また競争相手にさえも自分の地位を譲って悔いなく過ごせること。 自分が半身濡れながらも、相手に雨がかからないように 傘を差し掛ける思いやりの行為など。 「旅館業は、「無財の七施」というものを網羅している。 それら「行」を全て行える仕事だ、旅館というものは。 とてもうらやましい仕事だと思う」 確かに。 旅館業の、サービス業の原点はココかもしれません。 仕事のルールが、人としての道にズレていないのは、 心を痛めずにすみます。 仕事を通して布施を積み、それが幸せにつながるなら、 そんなオイシイ仕事ないですよね!.

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