すべからく の 本来 の 意味 は。 「すべからく」の誤用を指摘するときの注意点

「すべからく」とは?意味や使い方を解説!

すべからく の 本来 の 意味 は

公開日: 2018. 19 更新日: 2018. 19 誤用が多い「須く(すべからく)」の正しい意味と送り仮名、使い方、類語、英語表現 「須く」という言葉をご存知でしょうか。 「須く勉強するべき」「須く励むべき」などと使います。 多く使われている日本語でも、誤った意味で使われている言葉というものがあります。 「須く」はやや古めかしく、日常会話で頻繁に使われる言葉ではないので、誤用されがちな言葉の一つです。 そのため間違って使ってしまっている人が多くいます。 適切に意味を知っておかないと、相手に誤解を与えてしまうので注意が必要です。 そこで今回は「須く」の正しい意味と使い方、送り仮名、類語について紹介します。 「須く」を上手く使えるようにしましょう! 「須く」は「全て」という意味で誤用されている 「須く」の意味は 「なすべきこととして。 当然」です。 『是非しなければいけない!』という意味を表します。 「須」という漢字には「必要とする」という意味が含まれます。 人気ボクシング漫画『はじめの一歩』では、「努力した者が全て報われるとは限らん。 しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる」という台詞が出てきます。 ただ、最近では「〜べき。 〜べし」という言葉を省略して使っている人なども増えてきています。 「須く」は「全て」と音が似ていることから、「すべて。 みんな」という意味と思われていますが間違いです。 例えば、「母は冷蔵庫にある食べ物を須く食べた」といったように「すべて」という意味では使いません。 「必須」という言葉があるように、「須く」は「当然であること」を表すと覚えておきましょう。 「須く」の例文 ・指導者というものは、自分のことよりも須く選手のことを考えるべきである。 ・優勝するためには、チーム全体が須く一つにまとまるべきなのだ。 ・政治家たるものは、須く国民のことを第一に考えて仕事に励むべきだ。 ・親は須く子供の体調を気にかけるべきである。 ・学生なんだったら、遊びばかりしているのではなく、須く学業に励むべきだ。 ・しっかりと成果を残している人物というのは、須く努力しているよ。 ・本当に応援しているのだったら、須くCDもグッズも買うべきだよ。 ・怒りすぎるのは良くないから、新人には須く優しく接するべきである。 ・今回開催される展覧会では、須くお客さんに楽しんでもらえるように展示を豪華にするべきだ。 ・人一倍頑張っている社員には、須くボーナスや特典を与えるべきだ。 「須く」の語源 「須く」は「する。 行う」を意味する動詞「す」+推量の助動詞「べし」で成り立っている「すべし」が、ク語法によって「すべからく」となりました。 * ク語法とは、日本語において用言の語尾に「く」を付けて「〜(する)こと、ところ、もの」という意味の名詞を作る語法のひとつです。 本来は「すべきであること」という意味の名詞ですが、ク語法によって副詞的に「当然である。 是非とも」という意味で用いられるようになりました。 「すべからく」を「須く」と表記するようになったのは、漢文訓読で「須・応」を「すべからく~べし」と再読したことが始まりです。 「べし。 べき」がセットになって、「当然すべきことである」という意味で今では使われています。 余談ですが、「須」という漢字は元々「ひげ」という意味もありました。 しかし、「必要とする。 求める」という意味で使われることが多くなり、意味の混同を防ぐために「須」+に毛を表す「髟(かみがしら)」を付けて「鬚(ひげ)」という漢字ができました。 現在では、主に「髭」「髯」という漢字が使われています。 共に「ひげ」と読みます。 「須く」の類語 必ず (意味:確かに。 間違いなく、きっと) 「必ず行くから待っていて」 為すべき (意味:〜しなくてはいけない。 〜する必要がある) 「私は何を為すべきなのか」 当為<とうい> (意味:まさになすべきこと。 まさにあるべきこと) 「君は勉強を当為すべきだ」 やむを得ず (意味:仕方なく。 やむなく) 「雨のためやむを得ず中止する」 余儀なく (意味:他にとるべき方法がない。 やむを得ない) 「撤退を余儀なくされた」 余業なく (意味:他にとるべき方法がない。 やむを得ない) 「余業ない事である」 必要 (意味:必ず要すること。 欠くことのできないこと) 「それは必要不可欠である」 当然 (意味:道理上からそうあるべきこと。 当たり前) 「君は当然そうなるだろう」 無論 (意味:言うまでもなく。 もちろん) 「あなたの方が無論正しい」 当たり前 (意味:そうあるべきこと。 当然) 「あの人は当たり前のことしか言わない」 「須く」の対義語 意外 (意味:思いのほか。 案外) 「この問題は意外と難しい」 案外 (意味:予測とくいちがうさま。 思いのほか) 「案外な結果に終わってしまう」 思いがけない (意味:予期しない。 意外である。 思い設けない) 「思いがけない出来事が起こる」 存外<ぞんがい> (意味:思いがけない。 予想と食い違うこと) 「ここから抜け出すのは存外むずかしいものだ」 慮外<りょがい> (意味:思いのほかであること。 思いがけないこと) 「彼女は慮外なことを言う」 予想外 (意味:予想とは異なること。 思いのほか) 「誰も予測しなかった予想外の結果となる」 殊の外<ことのほか> (意味:思いほかのこと。 格別なこと) 「殊の外、良い結果に終わった」 異様 (意味:普通と違っているさま) 「その街は異様な雰囲気が漂っている」 唐突 (意味:不意すぎて不自然なさま。 出し抜け) 「彼は唐突に話を切り出してきた」 ゆくりない (意味:思いがけない。 突然である。 不用意である) 「ゆくりなく友達と空港で再会した」.

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2017/06/21の問題: ことば検定記録

すべからく の 本来 の 意味 は

(『大辞林』三省堂) 「学生はすべからく勉強すべし」。 漢文の授業から遠ざかっている人にはむしろこちらの方が違和感ある使い方かもしれませんが、「学生は 当然やるべきこととして、勉強を するべきだ」といったニュアンスでしょう。 下に「べし」が来ることが多い・・・けど、来ないこともある さて、『大辞林』には「すべからく」という言葉は下に「べし」を伴うことが 多いとあります。 これは漢文の「再読文字」の読み下し方に由来するもので、「将(まさ)に・・・んとす」「未(いま)だ・・・ず」と同じように、「すべからく」も「須(すべから)く・・・すべし」と訳しましょう、というルールがあるからです。 ただ、下に「べし」が来ないからといって、それをもって「あなたの『すべからく』の使い方は間違っている!」と指摘するのはちょっと危険かもしれません。 例えば、「学生はすべからく勉強していた」という使い方はどうでしょうか? これを「学生は みんな勉強していた」という意味で使っていたら間違いですが、「学生は 当然やるべきこととして、勉強をしていた」という意味で使っていたとしたらオッケーな感じもします。 「いや、下に『べし』が来ていないから、やっぱり間違いだよ」と言われるかもしれませんが、その主張はあまりにも形式にこだわりすぎています。 司馬遼太郎さんが空海の言葉を書いた本に以下のような一節があります。 ただ字画の正しいことのみをもってよしとしてはいけない。 すべからく心を境物(外界のもの)に集中させよ。 思いを万物にこめよ。 さらには書勢を四季の景物に象り(かたどり)、形を万物にとることが肝要である。 (司馬遼太郎『空海の風景』中央公論社) これは正しい使い方でしょうか? 誤用でしょうか? 「すべからく」の本来の用法には、意味の上で、「全て、皆」につながりやすいところがあると言えそうです。 」とも言えるわけです。 正しい用法で「すべからく」を使っていても、そこに「すべて」というニュアンスが同時に含まれてしまうことが多く、実際にネットやツイッターでは「それ誤用だよ」「いや、誤用じゃない」という論争があちらこちらで繰り広げられています。 これを拡大解釈していくと、冒頭の『はじめの一歩』の鴨川会長も、「いやあれは、『成功した者は皆、当然のこととして努力しておる』と言いたかったのじゃ、フンッ」と反論するかもしれません(そうなると前半部分の「全て」との対比が崩れるのでレトリックとしては面白くなくなりますが)。 けっこう面倒な問題なので、他人の「すべからく」の誤用は指摘しない方がいい。

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すべからくとはどういう意味?正しい用法と類似な使い方、使い所を紹介します

すべからく の 本来 の 意味 は

「すべからく」を辞書で調べてみましょう。 多く下に推量の助動詞「べし」を伴って用いる」)当然なすべきこととして。 本来ならば。 「大辞林 第3版」(平成18年・三省堂) すべからく【須く】(副) 〔漢文訓読に由来する語。 「すべくあらく(すべきであることの意)」の約。 下に「べし」が来ることが多い〕ぜひともしなければならないという意を表す。 近年「参加ランナーはすべからく完走した」などと,「すべて」の意味で用いる場合があるが,誤り〕 ここに挙げた辞書が示すように,本来,「すべからく」は,後に「〜べし」や「〜べきだ」等を伴う,漢文調の古い言い回しです。 「すべからく〜べきだ。 」という言い方は,「当然のこととして〜すべきだ。 」「是非とも〜すべきだ。 」という意味になり,冒頭の「学生はすべからく学業を第一とすべきだ。 」という例文であれば,「学生は当然のこととして学業を第一とすべきである。 」「学生は是非とも学業を第一とすべきである。 」という意味になります。 しかし,最近では「大辞林」が挙げている例のように,基本的な文型である「〜べし」「〜べき」の形をとらずに,「すべからく」を「全て」の意味で用いているケースが多く見受けられます。 「すべからく」の「すべ」という音が「全て」の「すべ」と結び付いてしまうのも理由の一つかもしれません。 問2 「すべからく」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。 答 本来の意味とされる「「当然,是非とも」という意味」と答えた人と「「全て,皆」という意味」と答えた人との割合が共に4割前後となっているという結果でした。 全体では,本来の使い方である(イ)「「当然,是非とも」という意味」と回答した人の割合が4割強,本来の使い方ではない(ア)「「全て,皆」という意味」と回答した人の割合が4割弱と,僅かに本来の意味を選んだ人の割合の方が上回りました。 年代別のグラフで見ると,60歳以上では,本来の意味ではない(ア)を選んだ人の割合の方が高くなっていますが,他の年代では,本来の使い方である(イ)が高くなっています。 では,「全て」という意味での「すべからく」の用法が広がっているのはどうしてでしょうか。 「すべからく」の「すべ」という音が「全て」の「すべ」と結び付くこと,また,口語文や発話では,典型的な「すべからく〜べし(べき)」の語形にならないことが多く,元の用法が意識されなくなっていることなどが挙げられるかもしれません。 しかし,それだけではなく,「すべからく」の本来の用法には,意味の上で,「全て,皆」につながりやすいところがあると言えそうです。 例を見てみましょう。 万事万端浮世の事は, すべからく 総 すべ て科学的でなければならない。 (国枝史郎 「加利福尼亜(カリフォルニア)の宝島(お 伽 とぎ 冒険談)」 大正14年) 真に実在さるべきものは,かかる醜悪不快の現実でなく,すべからくそれを超越したところの,他の「観念の世界」になければならぬ。 (萩原朔太郎 「詩の原理」 昭和3年) ここに挙げた「すべからく」の二つの例は,「べし」や「べき」の代わりに「〜なければならない」という言い方で受けられており,典型的な語形ではないですが,共に本来の意味で使われているものと考えられます。 特に「加利福尼亜の宝島」は「すべからく」のすぐ後に「総て」があることから,本来の意味で使われていることが容易に理解できるでしょう。 では,「詩の原理」の方はどうでしょうか。 ここでは,「真に実在するものは,当然のこととして,現実にではなく,現実を超越した「観念の世界」にあるべきものである。 」ということが述べられています。 Aは当然Bにある,というとき,Aは全てBにある,と考えることもできるでしょう。 この場合なら,「真に実在さるべきもの」は,全て「観念の世界」にある,と言い換えても,考え方それ自体は間違っていません。 「すべからく」を「全て,皆」という意味で受け取ってしまっても,違和感が生じにくいのです。 これは,「すべからく〜べきだ」という典型的な語形をとっている場合にも同様です。 例えば,世論調査で挙げた文,「学生はすべからく勉学に励むべきだ。 」はどうでしょう。 「学生は,当然のこととして,勉学に励むべきだ。 」という文意からすれば,「全ての学生は,勉学に励むべきだ。 」ということも言えることになり,意味的につながってしまうのです。 このように,「すべからく」は,意味的にも「全て,皆」と受け取られやすいところがあると言えそうです。

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